3Dプリンタを使った量産化で市場拡大を目指す海洋堂

老舗模型メーカー海洋堂が3Dプリンタを使用した量産商品「DGK」シリーズを展開

誕生から55年、フィギュアを中心とした各種模型製作で業界をリードしてきた 株式会社海洋堂(代表取締役:宮脇 修一、本社:大阪府門真市 以下 海洋堂)は、現在3Dプリンタを利用した量産商品「DGK(デジタルガレージキット)」シリーズを展開するなど、3Dプリンタの新たな活用に挑戦している。そんな海洋堂の現状やDGKの今後について、海洋堂へ3Dプリンタや関連ツールを納めるディストリビューター BRULÉ, Inc.(ブルレー)と共に取材した。


Photo:景山幸一

 

デジタル化への移行は自然な流れから

海洋堂と言えば、リアルで高精細な模型造りが有名であり、その技術を支える熟練した造形師の存在が欠かせないが、現在は徐々にデジタル化への移行を進めている。元々アナログ的な制作に拘り、デジタル化に否定的だったはずの宮脇社長だが、デジタル化への移行を進める現状について次のように述べている。
「いままでのように粘土を使った造形師による原型製作では、半年に1作品程度しか造れなかった物が、デジタル化により効率化され、急な変更にも即日対応できるようになり、造形師の負担もだいぶ改善されるようになってきました。極端に言えば、絵心ある素人がZBrushのようなデジタルツールとペンタブレットを使いこなせれば、アナログ作業が苦手でも簡単にデジタル造形師になることができるようになったんです。」
「それと、造形師の世界でも問題になっている高齢化についても、デジタル技術は有効なんです。歳を取って視力が低下したり、力が弱って手作業による加工精度が落ちた者たちがデジタル化へ移行可能になれば、より負担の少ない作業環境を構築することもできるようになるんです。」と、原型制作の現場環境についても語ってくれた。
※ ZBrush:高度なスカルプトモデリングが可能な3Dモデリングソフトウェア

DGKを手に取材へ応じてくれた海洋堂の宮脇社長(中)と同社企画部村井氏(左)、西氏(右)

更に、原型制作のデジタル化と3Dプリンタの組み合わせは、海洋堂の商品開発に掛かるリードタイムとコスト削減にも大きく貢献している。この点について宮脇社長は次のように述べている。
「原型制作がデジタル化されたことにより画面内で大よその確認ができるようになりました。いままでは、原型完成後にサイズを変更したり、部分的な修正や変更するのがとても大変で、造形師にかなりの負担を掛けていましたが、原型製作をデジタル化することで変更や修正に迅速に対応できるようになり、我々にとって大きなメリットです。そして3Dプリンタが身近にあれば、翌日には現物を手に取り確認することができるんです。現物を手にして気に入らない部分を修正し再び3Dプリントすれば、直ぐにその内容を確認できるので、開発期間を短くできるようになり、結果的にコストダウンにもつながってきています。」

このデジタル化への移行について、開発課の西氏は次のように述べている。
「いままでアナログ作業だけしかしてこなかったウチの造形師の中にも、デジタルツールの使い方を覚え、デジタル技術とアナログ技術を組み合わせたハイブリッド造形師が増えてきています。」

その一方で、デジタル化による様々な課題も見えてきた。そう語ってくれたのは、海洋堂企画部の村井氏。
「若い世代の造形師は、3Dモデリングソフトウェアを利用したデジタル原型制作が当たり前で、それは非常に良いことなんですが、空間認識力にやや劣る面が否めないため、実際の形にした時にバランスの悪い物が出来上がる場合があるんです。そう言った面では、手を動かして物を造ってきたアナログ的な要素がとても重要です。」逆に、アナログ作業に特化してきた造形師がデジタルツールを使いこなすと、そのメリットを有効活用することができると言う。「いままで手作業で原型を造ってきた者からすると、左右対称な物を同時に造れてしまうデジタル技術は画期的で、その機能を利用するだけでも作業負担が減りとても有難い。」

模型制作の現場おけるデジタル化のメリットは計り知れないが、従来通りのアナログ的要素をベースにすることで、よりクオリティ高いの作品が生まれやすいことが分かる。

 

Form 2で実現した『DGK(デジタルガレージキット)』

海洋堂では、2019年に開催されたワンダーフェスティバルにおいて、映画「カメラを止めるな」のガレージキット製造を機に、光造形(SLA)方式の高精度3Dプリンタ Formlabs「Form 2」を本格導入し『DGK(デジタルガレージキット)』と名付けられた、3Dプリンタで量産されたガレージキットを展開。現在「Form 2」は14台にまで拡張され、社内に3Dプリント工場を構築している。


大阪本社内に設置された14台のForm 2

一般的にガレージキットと呼ばれる製品は、レジンキャスト(シリコンゴムの中にポリウレタン樹脂を注型する方法)で制作されるが、海洋堂が展開するDGKは「Form 2」で出力された造形物を、サポート材も含めた状態のままパッケージ化した商品となっている。
※ サポート材:3Dプリンタによる造形時にモデルを支えるために成形される部分で、光造形の場合モデルと同素材でプリントされる。

従来の成形技術ではなく3Dプリンタを使用する理由について、宮脇社長は次のように述べている。
「いままでの射出成型技術では絶対にできなかったような、浮き上がった細かなパーツや、厚みに大きな差があり上手く成形できなかった部分も、Form 2を使うことで正確に再現できるようになったんです。」
また、3Dプリントされた物を最終製品として扱うのに不安は無かったか?これについて開発課の西氏は次のように述べている。
「Form 2を本格的に使いはじめてから1年が経とうとしていますが、Formlabsの材料は他社製品で問題とされているような3Dプリント後の歪みや割れなど、造形物の劣化が殆ど無いので、DGKシリーズを製造するのに最も適した材料だと思っています。」
3Dプリンタから出力された物はあえて加工せず、サポート材もそのまま残しているDGKについて「初めはサポ―トを残したままでは除去が大変かな?と思ったんですが、従来のガレージキットやプラモデル製作に慣れている人からすればまったく問題ないレベルだと判断し、むしろこれをDGKの楽しさを表現する特徴のひとつとして取り入れてみたんです。」と語ってくれた。


DGKは今後も様々な商品ラインアップを予定している

宮脇社長は、3Dプリンタ量産のもうひとつのメリットとしてアレルギー問題を上げている。
「一般的なレジンキャストの場合、レジンに接触した際に起きる肌荒れや、加工後の粉末を吸い込み体調を悪くするなど、昔からその有害性が指摘されています。しかし、Form 2用の材料はそういった有害性は低いので、作業上の健康リスクを軽減することができるんです。」

当然、直接液体状態の材料に触れることに注意は必要だが、一般的に有害性が指摘されているレジンに比べ、Formlabsの材料は安全性の高さが証明されている。

 

過去作品をデジタルアーカイブ化

これまでに約8,000種にも及ぶ作品を手掛けてきた海洋堂は、旧来の方法で作り上げられた過去作品のデジタルアーカイブ化にも挑戦している。過去に造られた作品のデジタル化が可能となればそれは資産となり、DGKシリーズとしての販売も可能になる。

アーカイブ化の現状について開発課の西氏は次のように述べている。
「スキャン対象物が多い場合は、CTスキャナで一気にスキャンしているんですが、1~2個程度の少量スキャンについては、できれば社内対応したいと思っています。」そのため海洋堂では現在最適なスキャン環境構築のため、様々なスキャナを利用した検証を行っており、先に導入した3Dスキャナ「EinScan SE」もその選択肢のひとつである。


Shining 3D社製3Dスキャナ「EinScan-SE」

3Dスキャナを利用し取り込んだデータは、3Dモデリングソフトウェアでブラッシュアップすることで3Dプリントに適したデータへと変換することができるが、8,000種にも及ぶ膨大な作品をアーカイブ化することは困難を極めた作業になるため、最適なスキャンプロセスの構築が急がれる。

 

今後のDGKについて

現在海洋堂では、過去に造られた作品のデジタル化に加え、DGKによる新たな作品造りにも積極的に取り組んでいる。その一部として今年、アポロ11号の月面着陸から50周年を記念したアメリカの「サターンVロケット」や「タイタン」を皮切りに、ロシアの「ソユーズ」や一般的にあまり知られていない「N-1」などの大型ロケットをDGKシリーズとしてラインアップする。

先のワンダーフェスティバルで披露されたアポロシリーズ

その他、現在ライセンス調整中の商品として「ゴジラ」や「円谷怪獣シリーズ」、2020年に公開を予定している『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』などもDGK化することを計画している。
またDGKシリーズのもうひとつの大きなテーマとして「リアル美少女シリーズ」の準備も進めている。これは、高度な3Dスキャン技術を利用し、より実写に近い美少女をデジタル化してDGKに展開する物で、海洋堂は現在これに適したスキャン方法を研究している。

DGKシリーズの量産と試作で「Form 2」をフル稼働させている海洋堂では、生産効率の向上と新商品開発のため、今後発売を予定している「Form 2」の後継機「Form 3」と、造形領域を大幅に拡張した大型機「Form 3L」の増設も検討している。
「Form 3」および「Form 3L」は、新たに開発された次世代3Dプリント技術「Low Force Stereolithography(LFS)」を採用した新型機で、正確で高密度のレーザースポットが、更なる精度向上と高速化を実現。また「Form 3」及び「Form 3L」で使用されるレジンカートリッジは「Form 2」と互換性があり、「Form 3」についてはビルド・プラットフォームも共通のため「Form 2」ユーザーが所有する消耗品をそのまま使用することができる。

創立から55年を迎えた老舗企業である海洋堂が、3Dプリンタ量産という新たな領域に踏み込んだことは、模型業界全体に大きな影響を与えることは必至である。

 

海洋堂について
1964年に一坪半のホビーショップを大阪府守口市に開業した海洋堂は「新しいモノ、楽しいモノ、珍しいモノ、面白いモノ、どこにもないモノ、そしてより優れたモノづくり」を開発の基本に、ガレージキット、ワンダーフェスティバル、アクションフィギュア、食玩、リアルカプセルフィギュアなど、様々なオリジナル商品を展開する日本を代表する模型製作会社である。
DGK(デジタルガレージキット):http://kaiyodo.co.jp/items/digitalgaragekit/

BRULÉ, Inc.について
2006年に設立したBRULÉは、2012年から3Dプリンタの販売を開始し、日本で入手し難い世界中の最新商品を各メーカーと直接取引により確保し、ユーザーのニーズに合わせ最適且つ専門的な3Dプロダクトのソリューションを提供している。

Formlabsについて
Formlabsは、米国マサチューセッツ州サマービルに本拠を構え、ドイツ、日本、中国、シンガポール、ハンガリー、米国ノースカロライナ州にオフィスを持ち、プロフェッショナル向け3Dプリンタを提供している。Formlabsの主力製品である光造形(SLA)方式の最新技術である「LFS」を搭載した「Form 3」と「Form 3L」、「Form 2」3Dプリンタ。洗浄および二次硬化ソリューションである「Form Wash」「Form Cure」を展開している。


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