3Dプリンターで作る角膜が初の人体移植成功、慢性的な角膜不足解消へ前進
イスラエルのランバム医療センターにおいて、3Dプリント技術を用いて作られた「人工角膜」が、世界で初めて人に移植された。生きたヒト細胞のみで作製された角膜インプラントは、慢性的なドナー不足という医療課題の解決に直結する可能性を秘めている。

今回の手術は、イスラエル・ハイファにあるランバム医療センターで実施され、これまで角膜が原因で視力を失っていた患者に、3Dプリンターで作られた角膜インプラントが移植された。患者は治療対象の目が法的な失明状態にあり、Precise Bio社が開発した3Dプリント角膜「PB-001」を第1相臨床試験の一環として移植された。病院側の発表によれば、手術は大きな問題なく終了し、初期の回復兆候も良好であるとされている。
PB-001最大の特長は、従来のように亡くなった方から提供される「ドナー角膜」に依存せず、生きたヒト角膜細胞を培養し、3Dプリント技術で層状に積み重ねて人工的に角膜を作り出している点にある。さらに注目すべきは、一枚のドナー角膜から最大で約300枚もの角膜インプラントを作製できる点である。従来は「一人の提供で一人を救う」仕組みだった角膜移植が、「一人の提供で数百人を救う」医療へと変わる可能性を持つ。
世界では現在、角膜の病気や外傷によって視力を失っている人が約1,300万人以上いるとされている。しかしドナー角膜は常に不足しており、先進国であっても移植を数年待たなければならないケースは少なくない。さらにドナーの年齢や健康状態によって角膜の品質にはばらつきがあり、移植後の回復に差が出ることも課題とされてきた。角膜は非常にデリケートな組織であり、保存や輸送にも厳しい条件が必要で、医療機関にとって大きな負担となっている。
PB-001は、これらの課題を根本から変える可能性を持ち、Precise Bio社は、ヒト角膜内皮細胞と生体適合材料を組み合わせ、ロボット制御の3Dプリンターで高精度に積層し、自然な角膜と同じような透明性と柔軟性を再現する技術を確立した。細胞の培養から3Dプリント、成熟、凍結保存、出荷までをすべて自社施設内で一貫管理しており、どの角膜インプラントも均質な品質で提供できる体制を整えている。完成した角膜は凍結保存が可能で、必要なときに解凍してすぐ手術に使用できる「オンデマンド型医療資材」としての供給が可能になる。
手術の方法も、すでに眼科医が日常的に行っている角膜移植手術とほぼ同じ手技で実施できるよう設計されており、薄く柔らかい角膜インプラントを小さく丸め、目に小さな切開を入れて挿入し、眼内でそっと広げて固定するため、医師側の新たな負担も最小限に抑えられる。3Dプリンターを用いて作られているとはいえ、現場の医療に無理なく組み込める実用性の高さも、この技術の重要なポイントである。

現在、臨床試験は安全性の確認を主目的とした第1相段階にあり、今後10〜15名程度の患者に移植が行われる予定とされている。ここで安全性と初期的な有効性が確認されれば、第2相、第3相試験へと進み、将来的には各国の規制当局による承認を経て、一般医療としての実用化が検討されることになる。実用化までにはまだ数年単位の時間が必要と見られるが、今回の世界初の移植成功は、その第一歩となった。
バイオ3Dプリント分野では、皮膚、軟骨、血管、気道など、さまざまな組織の3Dプリンター製作研究が進んできたが、角膜のように「高い透明性」「強度」「光学的性能」という厳しい条件を同時に満たす組織の実用化は極めて難易度が高いとされてきた。今回の成功は、3Dプリント技術が研究段階から本格的な医療応用のフェーズへ移行しつつあることを象徴する出来事といえる。

今後、3Dプリンターと3Dプリント技術による角膜が普及すれば、これまでドナー待ちに何年も苦しんできた患者は、必要なタイミングで計画的に手術を受けられるようになる可能性がある。さらに、角膜以外の眼組織や、将来的には臓器レベルの再生医療への応用も視野に入っており、移植医療そのものの仕組みが大きく変わることも期待されている。
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